淡水サケ・マス類放流種苗の天然環境への適応機構に関する研究


[要約]
 河川放流したホンマス(中禅寺湖産ビワマス)種苗が天然環境に適応していく過程を生理・生態・生化学的観点から検討したところ、遊泳能力の向上に1ヶ月程度要し、この間における食害が大きな減耗要因となることが示唆された。
水産庁養殖研究所・日光支所・繁殖研究室
[連絡先]  0288−55−0055
[推進会議]  養殖研
[専門]  増養殖技術
[対象]  他の陸封さけ・ます
[分類]  研究

[背景・ねらい]
 種苗放流事業においては、天然水域での生存率を向上させるため、放流種苗の質的向上、いわゆる健苗性が求められている。また、内水面漁業では種苗の放流方法も含めた遊漁場の科学的管理技術の確立が求められている。そこで、天然環境に迅速に適応することができ、天然魚により近い性質を持つサケ・マス類放流用種苗生産技術の開発に資することを目的とし、河川放流したホンマス種苗の天然環境への適応過程を種々の観点から検討した。

[成果の内容・特徴]

 奥日光の中禅寺湖に注ぐ天然河川の地獄川及び柳沢川にホンマス稚魚(約5cm)を放流した後、経時的にサンプリングして適応変化を解析したところ、次のような結果が得られた。

  1. 放流1日後に天然魚と同等の生物餌料をすでに捕食しており、人工飼料→天然飼料への食性の転換は比較的早い段階で起こっていた(図1)。
  2. タンパク質消化に関与する酸素トリプシンの活性は、天然飼料のより高いタンパク含量を反映し、放流後に上昇し、約2ヶ月後には天然魚と同等になった(図2)。
  3. 摂餌能力及び外敵からの逃避能力の基盤となる突進的遊泳力(バーストスイミング)は、天然魚が池中飼育魚より優っていた(図3)。
  4. バーストスイミング時等の無酸素的代謝下における筋肉中で〔H+〕の緩衝作用を有するアンセリン及びヒスチジンの量は放流魚が約1ヶ月で天然魚と同レベルに達した(図4)。以上から、天然飼料環境への適応は比較的早く起こるが遊泳能力の向上には1ヶ月程度を要し、この間の食害が大きな減耗要因となっていることが示唆された。

[成果の活用面・留意点]

 本研究により、稚魚が天然河川に放流されると、ホンマスの場合、天然餌料が豊富であればその捕食にはあまり問題ないが、遊泳能力が天然魚並みになるのに1ヶ月程度かかるため、この間の食害による減耗が問題となると思われる。これを防ぐため、放流前の遊泳能力強化(トレーニング)等により生存率の向上の可能性が考えられる。遊泳能力を含めた人為的能力付加の方法を開発していくことが今後の課題である。

[具体的データ]

図1 1995年度 柳沢川産天然稚魚および地獄川放流稚魚の胃中容物湿重量の体重比の変化

図2 1996年度 池中飼育稚魚および柳沢川放流稚魚、柳沢川産天然稚魚の消化酸素(トリプシン)活性の変化

図3 1995年度 池中飼育稚魚および柳沢川産天然稚魚の遊泳能力の比較

図4 1995年度 池中飼育稚魚および地獄川放流稚魚、柳沢川産天然稚魚の筋肉中のヒスチジンおよびアンセリン濃度の変化


[その他]
研究課題名:淡水サケ・マス類放流種苗の天然環境への適応機構に関する研究
予算区分:科学技術庁・重点基礎研究
研究期間:平成8年度
研究担当者:北村章二・生田和正・尾形 博・黒川忠英
発表論文など:Comparison of feeding activity and physiological characteristics   
              between wild and hatchery released fry of masu salmon in a natural river. Proc.
              World Aquaculture '97. 342-343. 1997.

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