成長ホルモン・成長因子が鰓における免疫関連遺伝子・浸透圧調節遺伝子の発現におよぼす影響
免疫系に促進的な作用を持つ成長ホルモン・成長因子の投与が、損傷した鰓に対してどのような影響を与えるかについて、人為的に鰓弁の一部を切り取る処置(バイオプシー)を実施した大西洋サケを用いて調べた。ホルモン投与は免疫ならびに浸透圧調節に関連する遺伝子、さらに細胞増殖に関する遺伝子の発現量を増加させ、損傷した鰓の機能の維持と損傷の修復に効果があることが示唆された。
担当者名 独立行政法人水産総合研究センター増養殖研究所内水面研究部 内水面研究部 資源増殖グループ 連絡先 Tel.0288-55-0055
推進会議名 内水面関係 専門 増養殖技術 研究対象 他の淡水魚 分類 研究
「研究戦略」別表該当項目 1(2)水産生物の効率的・安定的な増養殖技術の開発
[背景・ねらい]
感染症や汚染物質などは、多くの場合、魚類の重要な呼吸器官かつ浸透圧調節器官である鰓に損傷・機能障害を与え、致命的な影響を及ぼす。ニシキゴイやクロマグロなど1個体の価値が極めて高い魚種の養殖現場では、感染症などが発生した際、瀕死個体の救命・治療技術が求められており、この開発には鰓組織の修復機構に関する基礎研究が不可欠である。内分泌系の情報伝達物質であるホルモンや成長因子が免疫機能を調節し、逆に免疫系の情報伝達物質であるサイトカインが内分泌機能に影響を及ぼす現象、免疫−内分泌相互作用は、魚類においても研究が進んできている。一方、サケなど海と川とを行き来する溯河性の魚類では、鰓の細胞構成が淡水型から海水型またはその逆方向へと入れ替わる、組織の再構成が行われる。本研究では、このような環境適応の過程で起こる不要な細胞の識別と除去・新しい細胞の分化を調節するメカニズムについて解明し、損傷した鰓組織の修復・再構成を促す技術開発に必要な情報を得ることをねらう。
[成果の内容・特徴]
鰓のバイオプシー(図1)により、淡水中の魚では、免疫機能に関わるリゾチーム・細胞増殖に関わるアクチンとサイクリン・細胞死に関わるカスパーゼ遺伝子の発現が上昇し、イオン代謝機能に関わるナトリウムポンプと塩素チャンネルが低下していた(図2)。損傷による鰓の機能低下と、これを保護・修復しようとする反応が窺われる。一方海水に馴致した魚では、全般的にどの遺伝子の発現も上昇していた。成長ホルモン・インスリン様成長因子の投与により、淡水では損傷した鰓組織の修復を促進し得ることがわかった(図3)。海水ではホルモン・成長因子の投与による効果は見出されなかったが、もともとの遺伝子発現量が高かったことに関連すると思われる。
[成果の活用面・留意点]
ホルモン投与は実用面において解決すべき問題があるが、海水による各種遺伝子の活性化は、塩水浴等の操作によって鰓の損傷を軽減・修復できる可能性を示している。
[その他]
研究課題名:免疫−内分泌相互作用はサケ科魚類の生活史を左右するか

研究期間:平成22年度〜24年度

予算区分:科学研究費補助金(基盤研究C)

研究担当者:矢田 崇

発表論文等:Yada, T., McCormick, S.D., Hyodo, S. (2011) Effects of environmental salinity, biopsy, and GH and IGF-I administration on the expression of immune and osmoregulatory genes in the gills of Atlantic salmon (Salmo salar). Aquaculture in press.
[具体的データ]



図1.鰓バイオプシーの模式図。



図2.対照側(白),実験側(黒)の鰓における各種遺伝子の発現量の変化。



図3.生理食塩水(白),成長ホルモン(斜線),インスリン様成長因子(黒)投与による バイオプシー後の鰓における各種遺伝子の発現量の変化。




[研究成果情報一覧] [研究情報]