[背景・ねらい] 海面魚類養殖場では飼料に由来する有機物が周辺海域に拡散し,ときに貧酸素化や硫化物の発生など環境悪化がもたらされる。魚類養殖が周辺環境に及ぼす影響と環境収容力を評価するには生態系における養殖由来有機物の流れを把握する必要があるが,これまで研究手法が確立されていなかった。本研究では炭素,窒素安定同位体比を用い,養殖場内外のベントスが養殖由来有機物を取り込んでいるかどうかを評価した。
[成果の内容・特徴] 五ヶ所湾の湾軸に沿った7地点(図1:Stn 1〜7)および魚類養殖場生簀直下の2地点(Stns A,
B)よりマクロベントスを採取し,δ13C,δ15Nを分析した。生簀直近ではマクロベントスのδ13Cのモードが湾央の他地点におけるモードより低く,δ13C頻度分布が他地点と明らかに異なった(図2)。また,漁場内外にともに出現した16種のうち14種は漁場内で採集された個体のほうがδ13Cが低かった(図3)。漁場内で生息する動物のδ13C低下は,陸上植物成分を多く含む魚糞の選択的摂取を反映していると考えられる。湾軸の7地点で複数地点から採集された同種個体のδ15Nを比較すると,湾奥から湾央(Stn
4)に向けて値が増加し,湾央(Stn
5)から湾外に向けて値が減少する傾向があった(図4)。魚類養殖はδ15Nの高い養魚の尿や飼料からのドリップを多量に排出し,これらを同化した一次生産者を通して動物のδ15Nが上昇した可能性が考えられる。
[成果の活用面・留意点] 本研究によりマクロベントスが養殖負荷有機物の浄化過程で重要な役割を果たしていることが裏付けられ,持続的養殖生産確保法により養殖漁場の環境基準のひとつとしてあげられているマクロベントスの指標性に科学的な根拠を与えることができた。今後,マクロベントスによる養殖負荷有機物の取り込みを定量的に見積もることができれば,養殖負荷有機物の物質循環と漁場の環境容量を評価する道が開ける。
[その他] 研究課題名:海面養殖場における適正養殖量推定に関する研究
研究期間:H18-H22
予算区分:一般研究
研究担当者:阿保勝之,高志利宣,石樋由香,坂見知子,日向野純也,藤岡義三,横山寿
発表論文等:Yokoyama
H, Ishihi Y (2007) Variation in food sources of the macrobenthos along a
land-sea transect : a stable isotope study. Marine Ecology Progress
Series, 346:127-141. |