サケ科魚類の繁殖機構に及ぼす酸性雨の影響


[要約]
陸水環境が酸性化した場合、pH5程度でサケ科魚類の卵・精子形成過程が被害を受け、pH5.5-6.0では河川遡上行動が、さらにはpH6.0-6.4の極めて微弱な酸性化で産卵行動が抑制されることが実験的に明らかになり、酸性降下物による短期間で軽度の酸性化でもサケ科魚類の繁殖に重大な影響が及ぼされることが示された。
養殖研究所・日光支所・繁殖研究室
[連絡先]  0288-55-0055
[推進会議] 養殖研 
[専門]    漁場環境
[対象]    他の陸封さけ・ます
[分類]    研究

[背景・ねらい]
近年、アジア地域における急速な工業化によって、化石燃料の燃焼に伴う硫黄酸化物や窒素酸化物の排出量が急増しており、広範囲にわたってpH4台の酸性雨が降っている。酸性雨は陸水環境の酸性化を引き起こし、魚類生態系に多大な影響を与えることが欧米の例からも明らかである。環境酸性化が淡水魚類に及ぼす影響評価技術の開発と将来の被害予測を目的として、魚類資源の維持に最も重要である繁殖機構への影響を実験的に解析した。

[成果の内容・特徴]

  1. ニジマスやヒメマス等のサケ科魚類の成熟親魚をpH4.5-5.0程度の酸性水に暴露すると、 卵子や精子の質が低下し、受精卵の発生率の低下や稚魚の奇形率が上昇した(図1)。
  2. このとき、性ホルモンや生殖腺刺激ホルモンが異常な高値を示す(図2)ことから環境 酸性化のストレスは魚類の生殖内分泌機構を攪乱する可能性が示された。  
  3. サケ科魚類は産卵のため母川回帰するが、Y迷路人工水路における遡上行動実験の結果、 pH5.8-6.0程度の弱酸性化で河川遡上行動が抑制された(図3)。  
  4. 水槽内での行動観察により、産卵行動はpH6.0-6.4程度の極めて微弱な酸性化で抑制され ることが示された(図4)。  
  5. これらの結果より、酸性雨等により陸水環境に短期間で軽度の酸性化が起こった場合で もサケ科魚類の繁殖に重大な影響を与えることが明らかになった。
[成果の活用面・留意点]
本研究成果は、陸水環境の酸性化はそれが微弱であってもサケ科魚類の繁殖生理・行動に重大な影響を与え、魚類資源の減少を招く恐れのあることを示唆している。このように、酸性雨等による人為的な環境変化が野生生物の生理生態に及ぼす影響に関する知見を集積することにより、野外生態系や増養殖漁場における影響評価を行うための定性的・定量的な評価指標が明らかになり、アジア地域における酸性雨の陸水生態系への影響調査法の確立に貢献する。今後は本研究で実験的に得られた魚類の環境酸性化に対する応答反応に関して野外調査を行い、実際の酸性雨被害の実態を把握する必要がある。

[具体的データ]  
図1.pH4.5に曝したニジマス雌親魚から得た卵を通常の精子と掛け合わせたときの受精卵の発眼率(胚の発生率)の変化(A)と、同処理雄親魚から得た精子を通常の卵と掛け合わせたときの稚魚の奇形率の変化(B)  
図2.pH5.0に曝したヒメマス雌親魚の血中性ホルモン量. E2:エストラジオール,T:テストステロン, DHP:17α 20β-プロゲステロン.  
図3.2本の人工水路の一方に酸性水滴下してpHを調整したときの、ヒメマス産卵親魚の河川遡上率の変化.  
図4.pHを低下させたときの、ヒメマス雌親魚の産卵巣造り行動の30分当たりの頻度の変化. 白柱はpH変化前の頻度、黒柱はpH変化後の頻度を示す。

[その他]
研究課題名:サケ科魚類の繁殖機構に及ぼす酸性雨の影響
予算区分 :環境庁・地球環境
研究期間 :平成8〜12年
研究担当者:生田和正・北村章二
発表論文 :生田和正・北村章二・矢田 崇・西村定一・伊藤文成・山口元吉・岩田宗彦
      (1999) 陸水の酸性化と魚類への影響. 酸性環境の生態学 佐竹研一編 15-32 愛智出版

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