コイヘルペスウイルス病情報
病性鑑定指針
疾病名:コイヘルペスウイルス病(Koi herpesvirus(KHV) disease)
(1) 疫学調査
- 1. 宿主域:マゴイ(Cyprinus carpio carpio)およびニシキゴイ(Cyprinuscarpio koi)
- 2. 発生地域:イスラエル、英国、ドイツ、オランダ、ベルギー、米国およ びインドネシア
- 3. 水温20~25℃程度で発生する。
- 4. 当該魚は本病の発生が確認された地域から輸入された魚、あるいはその輸入された魚と接触したことがある魚である。
- 5. 当該養魚場は過去に本病の発生が確認された地域からの魚、あるいはそ の魚と接触した魚を導入したことがある。
- 6. 当該養魚場の飼育用水に,上記4.あるいは5.に関連した養魚場排水が混 入する可能性がある。
(2) 臨床検査
- 1. 行動観察:遊泳緩慢、平衡感覚失調などの遊泳異常が観察される。
- 2. 外部病徴検査:最も特徴的な病変は、鰓の退色、びらん、巣状壊死、二次鰓弁の癒合である。その他、体表粘液過多、鰓基部のうっ血および出 血、眼球の落ち込みなどが観察される。
- 3. 体表組織の検鏡:鰓には、IchthyobodoやTrichodinaなどの原虫やFlavobacterium columnareなどの細菌の二次感染がしばしば見られる。
(3) 剖検所見
- 特徴的な病変はないが、内臓の癒着がしばしば認められる。
(4) 診断法
- 1. 初動診断法:PCR検査
材 料:鰓、腎臓および脾臓の抽出DNA
プライマー:KHV SphⅠ-5 F:5’-GACACCACATCTGCAAGGAG-3’
KHV SphⅠ-5 R:5’-GACACATGTTACAATGGTCGC-3’
増幅産物サイズ:290bp
反 応:94℃で30秒間、次いで94℃で30秒間、63℃で30秒間、72℃で30秒間を40サイクル、最後に72℃で7分間。 - 2. 最終診断法;培養細胞によるウイルス検査およびPCR検査
(a)培養細胞によるウイルス検査
使用細胞:KF-1細胞
接種材料:鰓、腎臓、脾臓などの臓器磨砕液
培養温度:20℃
C P E :重度の空胞化
(b)PCR検査
上記のPCR法に加えて、次の方法も実施
材 料:鰓、腎臓および脾臓の抽出DNA
プライマー:KHV9/5F:5’-GACGACGCCGGAGACCTTGTG-3’
KHV9/5R:5’-CACAAGTTCAGTCTGTTCCTCAAC-3
増幅産物サイズ:484bp
反 応:95℃で5分間、次いで94℃で1分間、68℃で1分間、72℃で30秒を39サイクル、最後に72℃で7分間。
(5) 病理組織学的所見
最も特徴的な変化は、鰓上皮細胞の増生、肥大および散在あるいは巣状の壊死である。鰓などの細胞中に核膜過染および弱好酸性の核内封入体が見られることがあるが、これをもって本病を診断することは危険である。
(6) 類似疾病
本病は、鰓のびらん、壊死を伴い、この部位に二次感染の細菌、真菌および原虫を認めることが多く、特にカラムナリス病と臨床検査で区別することが困難であり,カラムナリス菌との複合感染もしばしば認められる。成魚に高い斃死率が示されることや病徴から本病が疑われる場合にはPCRにより診断を行う。
(7) 消毒
使用器具および手指の消毒は、通常のウィルスを対象とした消毒法を用いる。
(8)その他
病性鑑定資料
コイヘルペスウイルス病
写真1 KF-1細胞で増殖するKHVの電子顕微鏡像。核内にヌクレオキャプシドが観察される。(三輪 理博士提供) |
1. コイヘルペスウイルス病の概要
- (1)病名と病原体
1. 病名:コイヘルペスウイルス病
英名は、Koi herpesvirus disease
2. 病原体:Koi herpesvirus(KHV)
ヘルペスウイルス科に属する(写真1)。本ウイルスは、コイのウイルス性乳頭腫症ウイルスCyprinid herpesvirus (CHV)やキンギョ造血器壊死症ウイルスGoldfish hematopoietic necrosis virus (GFHNV)とは、異なるウイルスである。 - (2)発生地域
イスラエル、英国、ドイツ、オランダ、ベルギー、米国、インドネシアおよび台湾においてマゴイおよびニシキゴイで報告されている。
- (3)宿主域
1. マゴイ(Cyprinus carpio carpioおよびニシキゴイ(Cyprinus carpio koi)
2. これまでの感染実験では、キンギョおよびソウギョでは発病しないことが知られている。 - (4)発生の特徴
マゴイ、ニシキゴイで感受性に差はなく、幼魚から成魚まで発生する。20~25℃程度の水温で発生し、致死性が高く、累積死亡率が100%に達することもある。発生は水温の影響を受け、感染実験によれば、13℃以下あるいは28℃以上の水温では、死亡が見られないことが報告されている。河川の上流の養魚場で発生した後、下流の養魚場でも大発生を起こした事例が知られ、本病の伝染性は強いことが推察される。また、感染耐過魚からウイルスが排出される可能性が指摘される。
- (5)症状
病魚は、行動が緩慢となり、しばしば平衡感覚の失調をきたし、摂餌不良となる(写真2)。外観的には本病の特徴は鰓の変化であり、エラの退色、びらん、巣状壊死、二次鰓弁の癒合が顕著で、IchthyododoやTrichodinaなどの原虫やFlavobacteriumcolumnareなどの細菌の二次感染がしばしば見られる(写真3、4)。その他には、胸鰭基部のうっ血および出血、体表の部分的退色、粘液の分泌異常あるいは眼球の落ち込みなどが観察される。
特徴的な剖検所見は乏しく、内臓の癒着が見られる程度である。写真2 感染死亡したニシキゴイ。(R. P. Hedrick博士・A. Eldar博士 提供:American Fisheries Society, 2000) 写真3 感染死亡したニシキゴイの鰓。二次鰓弁の癒合やびらんが見られる。(R. P. Hedrick博士・A. Eldar博士提供:American Fisheries Society, 2000) 写真4 感染死亡したマゴイの鰓。Flavobacterium columnareの混合感染が見られる。鰓上皮細胞の壊死が顕著で「鰓ぐされ」状態を呈する。(田中深貴男氏提供) - (6)組織病理学的所見
写真5 感染死亡魚の鰓の病理組織像。鰓上皮細胞の著しい増生、核の肥大とクロマチンの核膜への移動(青矢印)が観察される。(R. P. Hedrick博士提供:American Fisheries Society, 2000)
2. その他の組織では、著しい変化は少ないが、壊死が散在あるいは巣状に観察されるほか、鰓上皮と同様な腫大し核膜過染を呈する核あるいは弱好酸性の核内封入体が観察される。
3. 原虫や細菌の二次的な感染によって引き起こされる病理変化も含まれるため、上記の病変だけをもって本病を診断することは危険である。 - (7)消毒
オートクレーブによる滅菌、アルコールや塩素消毒など一般的なウイルスの消毒法に準ずる。
- (8)防除法
一般的なウイルスの防除法に準ずる。
2.試料採取法
- (1)被検魚の収集
1. 被検魚の収集から採材まではできるだけ速やかに行うことが望ましく、できれば発生現場で臓器試料を摘出する。摘出した臓器試料は、個体ごとに無菌の密閉可能な容器に収容し、検査機関へ直ちに氷冷または冷蔵状態で運搬する。ウイルスが不活化するため、臓器試料の凍結は好ましくないが、やむを得ず送付まで保存する場合は、試料を-80℃に凍結保存後、凍結した状態で輸送する。
2. 被検魚を検査機関まで輸送する場合は、検査対象魚を発生現場で即殺後、個体ごとに無菌の密閉可能な容器に収容し、氷冷または冷蔵状態で48時間以内に輸送する。運搬の際、被検魚が凍結することのないように注意する。
3. 被検魚として死魚しか入手できない場合は、なるべく新鮮な個体を採取し、個体ごとにビニール袋などで密閉包装して氷冷または冷蔵状態で搬送する。この場合も、運搬の際、被検魚が凍結することのないように注意する。
4. 臓器試料または被検魚には、採取場所、日時、個体あるいは試料番号、魚体長および体重などの情報を明記したラベルを添付する。 - (2)外観症状および剖検所見の記載
1. 外観症状を記載する。特に鰓の所見に注意する。鰓に寄生する原虫、細菌などを顕微鏡により観察し、記録する。
2. 解剖後、剖検所見を記載の上、検査に必要な部位を採材する。 - (3)ウイルス検査のための臓器試料の採材
1. 器採材が困難な稚仔魚
できる限り筋肉部位を取り除き、魚全体を試料とする。
2. 臓器採材が可能な魚
鰓、腎臓および脾臓を試料とする。
3.診断手順
- (1)PCR法
A. 方法1
1. 準備
(a)採取した病魚試料
(b)PCR法使用機器および試薬(サーマルサイクラー、マイクロピペット、エッペンドルフチューブ、酵素・試薬類、電気泳動装置および試薬類など)
(c)プライマー
KHV SphⅠ-5 F:5’-GACACCACATCTGCAAGGAG-3’
KHV SphⅠ-5 R:5’-GACACATGTTACAATGGTCGC-3’
増幅産物サイズ:290bp
2. 手技
(a) 採取した病魚試料を適当なPCR用DNA抽出キットにより核酸抽出する。抽出法などは、使用するキットのマニュアルに従う。
(b) 抽出した核酸および陽性対照DNAをテンプレートとして、上記のプライマーを用いてPCR反応を行う。反応は、94℃で30秒間、次いで94℃で30秒間、63℃で30秒間、72℃で30秒間を40サイクル、最後に72℃で7分間行う。
(c) PCR終了後、増幅産物を適当なDNA分子量マーカーとともに1%程度のアガロースゲルで電気泳動を行う。
(d) 臭化エチジウム存在下、トランスイルミネーターにより分子量290bpのバンドの有無を観察する。
3. 判定
目的のバンドが検出された個体を陽性、検出されなかった個体を陰性と判定する。B. 方法2
1. 準備
(a)採取した病魚試料
(b)PCR法使用機器および試薬(サーマルサイクラー、マイクロピペット、エッペンドルフチューブ、酵素・試薬類、電気泳動装置および試薬類など)
(c)プライマー
KHV9/5F:5’-GACGACGCCGGAGACCTTGTG-3’
KHV9/5R:5’-CACAAGTTCAGTCTGTTCCTCAA-3’
増幅産物サイズ:484bp
2. 手技
(a) 採取した病魚試料を適当なPCR用DNA抽出キットにより核酸抽出する。抽出法などは、使用するキットのマニュアルに従う。
(b) 抽出した核酸および陽性対照DNAをテンプレートとして、上記のプライマーを用いてPCR反応を行う。反応は、95℃で5分間、次いで94℃で1分間、68℃で1分間、72℃で30秒を39サイクル、最後に72℃で7分間行う。
(c) PCR終了後、増幅産物を適当なDNA分子量マーカーとともに1%程度のアガロースゲルで電気泳動を行う。
(d) 臭化エチジウム存在下、トランスイルミネーターにより分子量484bpのバンドの有無を観察する。
3. 判定
目的のバンドが検出された個体を陽性、検出されなかった個体を陰性と判定する。 - (2)培養細胞によるウイルス検査
写真6 KF-1細胞におけるKHVのCPE。写真中央付近に見られる重度の空胞化が特徴。(栗田 潤博士提供)
(a) 接種材料
採取した病魚試料を抗生物質*1を含む10倍量のイーグル最小必須培地(MEM)でホモジナイズした後、4℃、2,000×g、15分間遠心分離し、上清を回収する。
このホモジネート液を15℃で2~4時間、または4℃で一晩放置したものを接種試料とする。
*1:抗生物質としては、ゲンタマイシン1,000μg/mL、または、ペニシリン800IU/mLとジヒドロストレプトマイシン800μg/mLの併用が適当。合成抗真菌剤のマイコスタチンまたはアンフォテリシンB(商品名ファンギゾン)400IU/mLを加えた方が良い。
(b) 細胞 KF-1細胞:検査する前日に適当な培養器に分散・継代させる。
(c) 培養
接種材料を細胞に接種し、20℃で3週間培養して重度の空胞化を特徴とする細胞変性効果(CPE)の有無を観察する(写真6)。接種材料は、最終的な判定まで-80℃に凍結保存する。
(d) 盲継代
CPEがみられなかった場合は、培養液の一部を新たに準備したKF-1細胞に接種し、さらに20℃で3週間培養し、観察する。
(e) 分離ウイルスの確認
CPEが見られた場合、分離されたウイルスがKHVであることを確認するため、「3.(1)PCR法」に従い、培養液の抽出液を試料としてPCRで検査する。 - (3)検査試料の処理
検査試料および器具などは病原体による汚染・伝播を防止するために以下の処置を施す必要がある。被検魚、臓器試料の残りは焼却あるいはオートクレーブ処理する。輸送用コンテナおよび水は次亜塩素酸ソーダなどで消毒する。解剖器具、生物培養用器具は再使用や廃棄の前にオートクレーブによって滅菌する。
4.参考文献
Gilad, O., S. Yun, K. B. Andree, M. A. Adkinson, A. Zlotkin, H. Bercovier, A. Eldar and R. P. Hedrick (2002): Initial characteristics of koi herpesvirus and development of a polymerase chain reaction assay to detect the virus in koi, Cyprinus carpio koi. Dis. Aquat. Org., 48, 101-108.
Gray, W. L., L. Mullis, S. E. LaPatra, J. M. Groff and A. Goodwin (2002): Detection of koi herpesvirus DNA in tissues of infected fish. J. Fish Dis., 25, 171-178.
edrick, R. P., O. Gilad, S. Yun, J. V. Spangenberg, G. D. Marty, R. W. Nordhausen, M. J. Kebus, H. Bercovier and A. Eldar (2000): A herpesvirus associated with mass mortality of juvenile and adult koi, a strain of common carp. J. Aquat. Animal Health, 12, 44-57.
Gilad, O., S. Yun, M. A. Adkison, K. Way, H. H. Willits, H. Bercovier and R. P. Hedrick (2003): Molecular comparison of isolates of an emerging fish pathogen, koi herpesvirus, and the effect of water temperature on mortality of experimentally infected koi. J. Gen. Virol., 84, 2661-2668.