骨奇形発症の分子機構の解明ー種苗で起こる奇形の原因を分子で探るー
- [要約]
- ヒラメ仔魚における顎と鰓,脊椎骨の発生プロセスを解明し,ビタミンの過不足と骨奇形の表現型との対応を明らかにした。顎と鰓では,Hox遺伝子shhなどの活性型ビタミンA応答遺伝子が発現する。活性型ビタミンA濃度が過剰になると遺伝子発現に異常が生じ,それに伴って骨の融合や成長障害が起こる。ビタミンCの代謝異常では,骨の強度が低下して骨曲りが起こる。
養殖研究所・栄養代謝部・代謝研究室
[連絡先] 0599-66-1830
[推進会議] 水産養殖
[専門] 魚介類機能
[対象] 魚類
[分類] 研究
- [背景・ねらい]
- 増養殖種苗で生じる骨奇形は,種苗価値を損なったり放流後の生存率を低下させることから,原因究明が望まれている。飼料中のビタミン含量や飼育水温などの不適切であることが主たる要因として推定されているが,発症機序は不明である。魚類では骨格の発生プロセスそのものに未知の部分が多く,発生プロセスを解明するとともに,発生におよぼす諸因子の影響を明らかにすることが重要である。本研究では,ヒラメ仔魚における骨格の発生機構とそれを制御している分子機構,およびビタミンの過不足が骨の発生におよぼす影響について検討した。
[成果の内容・特徴]
- 顎と鰓および脊椎骨の発生のプロセスが明らかになった。顎と鰓を造る前駆細胞は脳から派生し,孵化後に急速な細胞増殖を起こして摂餌開始までに軟骨を形成する。一方,脊椎骨を形成する前駆細胞は胚期に発生する体節に由来し,仔魚初期のあいだは脊索の周囲に未分化のまま維持され,仔魚中期になると細胞増殖を始めて脊椎骨を形成する。
- Hox遺伝子やsonic hedgehog(shh)と呼ばれる活性型ビタミンA応答遺伝子は,骨の形態形成の制御に極めて重要な役割を果たしている。in situ hybridization法による発現解析により,これらの遺伝子が仔魚初期の顎と鰓で発現していること,またその発現パターンが明らかになった(図1A,
C)。
- 活性型ビタミンAが過剰になるとHox遺伝子の発現領域が前方に拡大し,一方,shh遺伝子の発現は抑制された。それに伴って骨の融合と成長方向の異常を特徴とした強い奇形が生じた(図1B,
D, 図2A-C)。
- 骨格の主要蛋白質であるコラーゲンの硬化には,ビタミンCが必要であることが知られている。ビタミンCオキシダーゼの阻害剤が骨曲がりを起こす(図2D)ことから,ビタミンC代謝異常が骨の強度を低下させて骨奇形を生じることが推定された。
- [成果の活用面・留意点]
- 本研究により明らかにされた骨奇形の表現型と原因との対応から,種苗生産で起こる骨奇形の原因を推定することが可能だと考えられる。他の魚種について遺伝子解析を行う場合,魚種ごとに遺伝子を単離して構造を解析する必要がある。脊椎骨の形成に対するビタミンや水温等の影響については現在検討中である。
[具体的データ]
図1.Hox遺伝子とshhの発現におよぼす活性型ビタミンAの影響
A, C:正常仔魚におけるHoxd-4とshhの発現,B, D:過剰な活性型ビタミンAの影響.
図2.顎と鰓に生じた骨奇形
A:正常,B:Hox遺伝子の発現異常個体, C:shhの発現異常, D:ビタミンCオキシダーゼの阻害剤.
[その他]
研究課題名:魚類骨格の分化を制御する遺伝子機構の解明
予算区分 :先端技術開発研究(水産育種の効率化基礎技術の開発)
研究期間 :平成12年度(平成9〜14年度)
研究担当者:鈴木 徹, 黒川忠英
研究論文等:
1)鈴木 徹・黒川忠英(2000)ヒラメにおける器官形成と左右非対称性形成のプロセス.蛋白質 核
酸 酵素, 45, 86-92.
2)Suzuki, T., Oohara, I., Kurokawa, T.(1999)Retinoic acid given at late embryonic stage
suppresses sonic hedgehog and Hoxd-4 expression in the pharyngeal area and induces
skeletal malformation in flounder (Paralichthys olivaceus) embryos. Develop. Growth Differ.
41, 143-152.
3)Suzuki, T., Srivastava, A. S., Kurokawa, T.(2000) Experimental induction of jaw, gill and
pectoral fin malformations in Japanese flounder, Paralichthys olivaceus, larvae. Aquaculture,
185, 175-187.
4)Suzuki, T., Kurokawa T., Srivastava, A. S.(2001) Induction of bent cartilaginous skeletons and
undulating notochord in flounder embryos by disulfiram and a, a-dipyridyl. Zool. Sci., 18,
345-351.
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