魚類精子の凍結保存方法の開発
- [要約]
- 海水で産卵するニホンウナギと,淡水で産卵するタナゴ類(コイ科)を材料として,精子の凍結保存方法を開発した。共通の凍結・解凍方法により,両種とも解凍後の精子は高い運動能力と受精能力を示したことから,この手法は多くの海産魚,淡水魚に応用可能と考えられる。
養殖研究所・繁殖部・繁殖技術研究室
[連絡先] 0599-66-1830
[推進会議] 水産養殖
[専門] 魚介類繁殖
[対象] ウナギ,淡水魚
[分類] 研究
- [背景・ねらい]
- 魚類の受精方法は,魚種により,自然産卵法と人工受精法がその事業的利便性から使い分けられている。遺伝的多様性の減退が深刻視される放流事業や,育種による品種の育成が不可欠な養殖事業においては,任意の親の組合せが可能な人工受精の方が,将来的により好ましい受精方法になると考えられる。簡便で効率的な精子の保存技術が開発されれば,多種類,かつ大量の人工受精用精子の備蓄が可能となり,より計画的に健全種苗を生産し,それを的確に放流する技術の開発へと発展していくものと期待される。
人為催熟手法の確立により,周年の精子採取が可能となったニホンウナギ(海水中で成熟,産卵する)を海産魚のモデルとして,また,絶滅危惧種を多数含み,遺伝子保存技術の開発が急務のタナゴ類を淡水魚のモデルとして,それぞれ精子の凍結保存方法の開発を行った。
[成果の内容・特徴]
- 解凍後に運動可能な精子の率(運動精子比)を指標として,両種それぞれに適切な凍結,解凍条件を検討し,得られた至適条件をもとに受精実験を行った。
- 検討した項目は,凍害防御剤の種類と濃度,希釈液の組成,冷却速度と液体窒素に沈める前の予備凍結到達温度,解凍速度,運動開始溶液の種類等である。
- ウナギとタナゴの精子に適した凍結条件は極めて類似点が多く,凍害防御剤として10%のメタノールを含み(図1,
2), その希釈液としてはウシ胎児血清(FBS)が適していた。凍結速度と解凍後の運動精子比は高い負の相関があり,毎分10℃以下の速度が適していた(図3,
4)。この冷却速度で-40℃〜-50℃まで冷却し,すぐに液体窒素に浸漬すると,解凍後に最も高い運動精子比が得られた。解凍は,液体窒素に保存したストロー管を20℃の水に7秒間浸漬することにより,サンプル温度を-7℃まで昇温する方法が適していた。
- 解凍した精子を運動開始を促す溶液で希釈して受精させるが,この溶液は,それぞれの産卵環境に合わせて,ウナギでは高張な450mM NaCl液 (10mM Hepes-NaOHでpH7.5), タナゴでは低張な緩衝液 (10mM Hepes-NaOHでpH7.5に調整した蒸留水)が適していた。
- 以上の方法でそれぞれの種の精子を凍結,解凍し,受精実験を行ったところ,未凍結精子と遜色のない受精率が得られた。
- [成果の活用面・留意点]
- 今回開発した手法をもとに,分類学的,生態学的に離れたいくつかの魚種で実験的解析を進め,その汎用性と魚種毎の改良点を整理することにより,魚類精子の凍結保存方法のマニュアル化が実現するものと期待される。
- [具体的データ]
- 図1.ウナギ:凍害防御剤の種類が凍結前、凍結後の運動精子比に及ぼす影響
- 図2.アブラボテ(タナゴ類):凍害防御剤の種類が凍結・解凍後の運動精子比に及ぼす影響
- 図3.ウナギ:凍結速度が解凍後の運動精子比に及ぼす影響
- 図4.アブラボテ(タナゴ類):凍結速度が解凍後の運動精子比に及ぼす影響
[その他]
研究課題名:@海産魚類精子の凍結保存に関する基礎的研究,A異種間雄性発生に関する研究
予算区分 :@経常,A科学技術振興調整費総合研究
研究期間 :@平成12年度,A平成10〜14年
研究担当者:太田博巳, 鵜沼辰哉,河村功一
発表論文 :1) Ohta et al.,(2001). Cryopreservation of the sperm of the Japanese bitterling. J.
Fish Biol., 58, 670-681.
2) Ohta et al.,(2001). Control by the environmental concentration of ions of the
potential for motility in Japanese eel spermatozoa. Aquaculture, 198, 339-351.
3) Gwo et al.,(1999). Cryopreservation of sperm from the endangered Formosan
landlocked salmon. Theriogenology, 51, 569-582.
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