魚類の異質倍数化にともなうクローン化機構の解明
- [要約]
- 淡水産タナゴ類を材料に,種間雑種を異質倍数体化させることにより,雑種の妊性の回復とクローン化に成功した。本研究は,交雑育種における雑種退行の問題の解決ならびに究極目標である種間雑種の遺伝的固定を可能にしたことから,水産育種研究のモデルとなりうる。また異質倍数体を作出し,それがクローン化されている事を実験的に確かめたことは,自然界におけるクローン魚の出現機構の解明に向けて具体的糸口となるものである。
養殖研究所・遺伝育種部・育種研究室
[連絡先] 0599-66-1830
[推進会議] 水産養殖
[専門] 水産育種
[対象] 淡水魚
[分類] 研究
- [背景・ねらい]
- 交雑育種の最大目標は,遺伝的に異なる2 種を交配させる事によって,それぞれの種が持つ優れた形質を兼備した新品種を作ることにある。しかしながら過去の魚類の交雑育種においては,雑種退行(不妊,成長率・生存率の低下,雑種致死等)ならびに雑種の遺伝的固定の難しさが原因で,新品種の作出にはほとんど成功していないのが現状である。近年,分析手法等の進歩により自然界においてはクローン魚が様々な分類群において存在し,これらはいずれも雑種起源の異質倍数体であることが判ってきた。本研究はこの自然現象に注目し,異質倍数体を利用する事によって,雑種の遺伝的固定技術の開発を目指すものである。
[成果の内容・特徴]
- 低温処理法(第2 極体放出阻止による3 倍体化)ならびに反復交雑法(2n の卵を生じる雑種を用いた3 倍体化)により,それぞれ異質3
倍体を作出し継代を行った。RAPD-PCR により異質3 倍体の親子間ならびに兄弟間での遺伝的相違について調べたところ,作出手法に関係なく異質3
倍体においてはほとんど遺伝的差異が見られなかった。このことより,異質3 倍体は作出手法に関係なく,遺伝的に固定できる可能性が高いことが判った(図1, 2 )。
- 低温処理法ならびに反復交雑法により作出した異質3 倍体は,いずれも雄は不妊(正常な精子形成能を持たない)であったが,雌は卵形成を行い排卵した(図 3 )。
- 性比が不妊の全雄となる雑種において,低温処理法により異質3 倍体化させることによって,妊性のある雌を得ることができた(図 4
)。
- 雑種ならびに異質3 倍体の性ホルモンによる性統御は可能であり,不妊雄を雌性ホルモン(エステロン)に処理することにより妊性(卵形成正常)のある雌にすることができた。
- [成果の活用面・留意点]
- こ れまでの研究結果から,淡水産タナゴ類異質3 倍体においては,作出手法(低温処理法,反復交雑法)に関係なく遺伝的に固定できる可能性が高いことが判った。本研究の応用として第1
に考えられることは,雑種の遺伝的固定による品種化であり,第2 は不妊雑種の妊性の回復による雑種の継代である。本研究の問題点としては,今回実験に用いた材料(淡水産タナゴ類)は雌ヘテロ型(ZW
)の遺伝的性決定様式を持つグル−プであることから,サケ・マス,コイ・フナ類の様な雄ヘテロ型(XY )の性決定様式を持つものにおいては,今回と同様な試験を行う必要がある。また,発生学的かつ遺伝学的観点から見て,異質倍数体化に伴う遺伝的固定のメカニズムならびに異質倍数体の性決定等についてはまだ不明な点が多く,異質倍数体の作出継代技術を確実かつ応用の高い技術にする上でも,これらの問題の解明は今後の重要研究課題であると言える。
- [具体的データ]
- 図1.第2 極体放出阻止型異質3 倍体第一世代と(F 1 )と第2
世代の遺伝的相違
図2.非還元卵を生じる雑種の第2 世代(F 2 :異質3 倍体)と第3 世代(F 3 :異質3 倍体)の遺伝的相違
図3.第2 極体放出阻止型異質3 倍体(F 1 )の卵から作出した第2
世代異質3 倍体(F 2 )の生殖腺の組織像
図4.異質3 倍体化による不妊全雄雑種における雌の出現ならびに妊性の回復
[その他]
研究課題名:魚類の異質倍数化にともなうクローン化機構の解明
予算区分 :経常
研究期間 :平成8 〜12 年
研究担当者:河村功一・岡内正典
発表論文 :1) Kawamura, K., Ueda, T., Aoki, K. & Hosoya, K. 1999. Spermatozoa in triploids
of the rosy bitterling Rhodeus ocellatus ocellatus. J. Fish Biol., 55: 420-432.
2) Kawamura, K. 1998. Sex determination system of the rosy bitterling, Rhodeus ocellatus
ocellatus. Env. Biol. Fish., 52: 251-260.
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