中禅寺湖におけるヒメマスの母川回帰生態


[要約]
中禅寺湖における代表的な遊漁対象種であるヒメマスについて,標識放流によりその母川回帰生態を調べた。ヒメマスは,母川回帰性が強く,沖合から河口までは視覚情報を,また,河口付近では臭覚情報を手がかりに母川に回帰することを示す結果が得られた。
養殖研究所・日光支所・繁殖研究室
[連絡先]  0288-55-0055
[推進会議] 水産養殖 
[専門]    資源生態
[対象]    他の陸封性さけ・ます
[分類]    研究

[背景・ねらい]
 遊漁は内水面の利用において最も重要な役割を果たしている。内水面遊漁場における資源の適切な増殖や管理技術の向上を図るためには,対象とする魚類の生態に関する科学的データの蓄積が不可欠である。本研究では,我が国の代表的な淡水性サケマス釣り場である中禅寺湖におけるヒメマスの母川回帰生態に関する知見を得ることを目的とし,標識放流による解析を行った。

[成果の内容・特徴]

  1. 産卵のため母川(菖蒲清水川)河口に回帰した天然親魚ヒメマス(湖産魚)及び母川と同一起源の湧水で池中養成した親魚ヒメマス(池産魚)を標識して湖心(大日崎)や非母川(千手清水川)河口に放流し,河川内や河口で再捕して河川毎の回帰尾数を調べた。
  2. 湖産魚は短期間(5-8日)のうちに母川に回帰し,河川遡上率(河川遡上尾数/放流尾数×100%)及び母川選択率(母川回帰尾数/河川遡上尾数×100%)はそれぞれ66.7-88.3%及び97.5-100%と高かった(図1)。
  3. 池産魚の河川遡上率は23.3-49.5%と低く,母川回帰までの日数(13-38日)も長かったが,母川選択率(母川回帰尾数/河川遡上尾数×100%)は94.1-98%と高く,河川に遡上した魚は正しく母川を選択していることが明らかになった(図2)。
  4. 湖産魚を視覚遮断すると母川回帰までの日数(20日)が長くなり,河川遡上率は50%と低くなったが,母川選択率は100%で,池産魚と同様の傾向を示した(図3)。
  5. これらの結果から,視覚遮断湖産魚や湖内での遊泳経験のない池産魚は,沖合から河口までの視覚的手がかりがないため,母川回帰までの日数が長く,河川遡上率も低いが,ランダムに泳ぎ回っているうちに河口にまで達し,そこからは臭覚情報を頼りに正しく母川選択が行われたものと推測された。すなわち,ヒメマスは沖合から母川河口付近までは視覚情報を,河口付近からは臭覚情報を手がかりに母川回帰するものと考えられる。

[成果の活用面・留意点]
 ヒメマスは湖の沖合から河口までは視覚情報を,河口付近からは臭覚情報を手がかりに母川回帰することが示された。今後はさらにこれらを視覚情報や臭覚情報(母川匂い物質)を特定し,母川回帰機構を明らかにするため,テレメトリー等による湖内での回遊行動解析や稚魚期の母川水記銘機構の行動・生理学的解析等が重要と思われる。

[具体的データ]
図1.湖産ヒメマスの河川回帰率(上)及び母川選択率(下)A:湖心(大日崎)にて放流、B:非母川(千手清水)河口にて放流  
図2.池産ヒメマスの河川回帰率(上)及び母川選択率(下)E,F,Gは共に湖心(大日崎)にて放流した3群  
図3.視覚遮断魚の河川回帰率(上)及び母川選択率(下)

[その他]
研究課題名:内水面遊漁場における放流魚の生態特性
予算区分 :経常
研究期間 :平成8〜12年
研究担当者:北村章二・生田和正
発表論文等:
1) 北村章二・生田和正ほか:中禅寺湖におけるヒメマスの母川回帰行動:標識放流による解析.
   平成12年度日本水産学会春季大会講演要旨集, 2000.
2) 北村章二:テレメトリーによる中禅寺湖ヒメマスの母川回帰行動. 日本水産学会誌 66(5), 919-
   920, 2000.

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