近年の、 分子生物学的技術のめざましい発展により、人をはじめとする色々な生物の遺伝子全体 (ゲノム) の構造や、遺伝子を構成するDNAの全塩基配列を解読することが可能になり、現在研究が進められている。これら遺伝子の研究によってもたらされた科学的情報によって、これまで明らかに出来なかった生命現象の神秘の理解が可能になりつつある、2年後に始まる 21 世紀の時代には、さらなる遺伝子の情報やそれをもとにした技術の開発によって、今まで想像されなかった産業の創出がもたらされる可能性がある。増加する人口に対応して水産生物を持続的に供給することが地球規模の課題となる近い将来には、河川や海域の生産力を科学的に最大限利用するばかりでなく、養殖生産による加算が重要となり、限られた条件下で効率よく養殖生産をはかるため陸上動物の家畜化に必要であったと同様、品種の確立に関する遺伝学的研究と遺伝子の分子生物学的応用には大きな期待が寄せられている。ほとんどが野生種を扱う水産分野では、水産生物の遺伝学的研究の蓄積は他分野に比べて極めて少ないため、現在でもまだ遺伝学的知見に基づく生産技術といえるものは数少ない現状にある。養殖研究所は、 分子遺伝学の目覚ましい進展が見られる前、まともに種苗生産できる種類も限られた段階に創立され、多くの困難を克服しなければならなかった。 これまでに、遺伝育種部諸先輩の努力によって水産分野のバイオテクノロジー研究が進められ、現在では、 真に育種として役立つ段階に近づいている。
世紀の変わり目に合わせて始まる独立行政法人のもとでは、養殖生産の歴史が長い日本で求められる持続的生産に遺伝学的根拠を付与する役割を果たし、 国際的にも目標とされる研究集団となるであろう。
養殖研究所の創立当初は、育種研究室と遺伝研究室の2研究室が設置されて研究を始め、細胞工学的手法による育種技術の開発研究を行うため昭和 60年4月に細胞工学研究室が設置され、天然資源の集団構造を解析して遺伝資源の探索と保存を行うため昭和 61 年 10月に遺伝資源研究室が設置された。 以後、 平成 10年9月まで4研究室体制が継続した。 平成 10 年 10月から遺伝資源研究室を強化するため遺伝研究室は廃止され、 その業務は遺伝資源研究室に併合され現在に至っている。各研究室でのこれまでの研究を振り返り今後の展望を以下に述べよう。
遺伝研究室では、 形質の遺伝性や遺伝様式を解明する研究を中心に研究を行い、多くの成果を上げてきた。 先ず、免疫応答の個体差は組織適合抗原の有無による遺伝的差異によることを突き止め、個体選抜による耐病性系統の育成が可能であることを示した。 また、アコヤガイの3倍体を効率的に作出する技術や、顕微蛍光測光法による倍数性確認手法を開発し、マガキの3倍体生産技術への発展をもたらした。初期幼生から成貝にいたるまでの殻の形質について遺伝性や遺伝様式を検証し、貝殻外皮が白色の形質を持つ個体は、通常の褐色個体より真珠層の黄色度が少ない遺伝的特性を持つことを明らかにし産業的な応用が期待されている。
遺伝資源研究室では、河川や海の魚種について天然資源の遺伝的集団構造の解析を長年にわたって行っており、多くの淡水魚について系群構造を明らかにした。 また、 ミトコンドリア DNAによるマイワシの集団構造の解析によって、 日本沿岸、 北米西岸、 南米西岸、オーストラリア・ニュージーランド沿岸、南アフリカ沿岸の5水域に分かれて分布するマイワシの集団は、オーストラリア・ニュージーランド沿岸と南アフリカ沿岸の集団間では著しい近似性が認められたが、地球規模で混合していない独立集団であることを突き止めた。 特に、日本沿岸の集団と対岸の北米西岸集団との間では資源変動が同調する傾向もあることから両者間の混合の可能性も推定されていたが、日本沿岸のマイワシ集団は明確に独立したものであり、資源管理の面からも別個に扱うべきものであることを明らかにした。
旧遺伝研究室の業務を併合した遺伝資源研究室では、 マイクロサテライト DNA解析技術などの塩基配列解析技術を発展させ、対象生物の持つ遺伝的変異を標識とした系群、 家系、個体判別技術を確立することが期待される。多くの魚種で得られる情報をデータベース化することにより、迅速で簡便な魚種判別が可能となろう。 さらに、増・養殖対象種それぞれに必要な育種管理、生産種苗や天然資源の多様性を維持するための遺伝的研究と、人工および天然の遺伝資源を保存する技術開発が今後進展すると期待される。
育種研究室では、研究を開始した当初の段階では育種技術の原点となる種苗生産技術が多くの海産魚種で確立していなかったため、育種技術の基礎として種苗生産技術上の問題点を克服することから研究しなければならなかった。このため、仔稚魚飼育用餌料生物の導入育種や海産魚類の人工種苗の品質改善技術を確立するなどの成果を上げている。さらに、天然で3倍体が生じる機構を解明するためタナゴ類の種間交雑を行い雑種の性比を追求した結果、コイ目魚類で初めてZW型の性決定機構を持つことを明らかにした。 現在では種間交雑の性比を人為的に制御できる段階に達しており、希少種の保存などへの応用が期待されている。 また、農林水産ジーンバンク事業における水産生物部門発足の当初から中心的な役割を努め、海産の魚介類飼育に必要な微細藻類を国内外各地から収集した。餌料価値の高い数種の微細藻類では、細胞の選抜法によって高温条件下で増殖できる株を作出する成果が得られ、有用遺伝資源として保存している。 今後はこれまでに得られた魚介類の選抜育種、交雑育種、 倍数体育種に関する知見をもとに、研究によって明らかとなりつつある遺伝的・生理的特性を固定化する効率的な育種技術の進展が期待される。これにより、養殖に適した系統の作出や有用種の育種に応用できる技術が開発されると考えられる。
(遺伝育種部長)
「ウナギのレプトケファルス生産に成功」。日本人にとってはビッグニュースです。 「成功の理由は?」親魚の供給や飼料素材等に愛知県その他の組織の協力を得ることが出来た事も今回の成功の理由の一つですが、養殖研の組織として考えると、 「基礎的知見の集積」 と 「チーム研究」がその理由として大きいと思います。
@基礎的知見の集積:10年間以上にわたるバイオメディア研究をはじめ各種のプロジェクト研究、のなかで、内分泌物質を中心とした魚類の成熟制御機構に関する知見の集積が着実に行われ、これが実用化技術へと展開しました。成熟した雄親も雌親も見つからないウナギの卵、精子の成熟を促進するホルモン投与技術は魚類の成熟制御の原理を応用したものです。
Aチーム研究:雌親の成熟制御、 雄親の成熟制御と機能的精子の作出技術、ふ化仔魚の育成技術、 それぞれに関して研究室の壁を超えて、専門の研究者が中心となり目的に合わせて共同研究を継続したため、多回数の実験を行う事が可能となり、孵化仔魚飼育にあたって研究推進上の問題点を明確にする事が出来ました。
増養殖に関する基礎的研究を行う機関として人員配置、 組織、設備が整備された専門水研の特徴がうまく生かされた結果である事がよくわかります。レプトケファルスからシラスウナギまでの道程はまだまだ遠いと思われますが、確実に第一歩を踏み出したという実感があります。今後は他の組織の人々との連携も含めて研究を進めたいものです。
現在、 繁殖部では魚類に関しては繁殖制御機構解明の研究をさらに深化させ、ホルモンに加えて遺伝子や成長因子の特定と機能解明の研究および、配偶子の質を高めるための技術化研究等が精力的に行われています。これらの研究は将来的には成熟制御を環境や遺伝子特性によって行う技術へと展開し、効率的な種苗生産技術体系の構築に結びつくと期待されます。 また、無脊椎動物では甲殻類、 二枚貝類、 棘皮動物に関して、 形態学的、 生化学的、分子生物学的研究が進められていますが、 種類が多岐にわたり、魚類ほど成熟や初期発生の研究が体系化されていないのが現状です。これらは内部環境を厳密に調整して生存するというよりも外部環境と連動して生きている生物ですから、繁殖に関しても脊椎動物とは異なった制御システムがそれぞれの種で機能していると考えられます。その機構を明らかにする研究は、現在の生化学や分子生物学的研究手法を用いる事によって大きな展開があるものと思われます。
明らかにされた生理的繁殖機構が、生物の繁殖戦略の中でどのような意味を持つかを考える事は技術化研究に不可欠ですが、同時に生態研究との接点を明確に意識する事でもあります。この考え方を機軸に他分野の研究と連携をとることによって、より一層の研究の広がりが得られるものと期待しています。繁殖生理部から繁殖部へと部の名称が変わったことの意味はここにあるのではないでしょうか。生産技術の基盤となる研究、内分泌かく乱物質影響解明のように水域環境問題へ応える研究、これらに加えて生態系における種の繁殖戦略とその制御法解明に寄与できる研究を行う部でありたいものです。
(繁殖部長)
1. 主な成果
栄養代謝部では、 魚介類の栄養、飼料および代謝生理に関する研究を行ってきた。その中から3つの主要な成果を示す。
1) 魚類のアミノ酸栄養に関する研究
魚類のアミノ酸栄養学の分野において多くの研究成果をあげた。 具体的には、ギンザケおよびシロサケの全必須アミノ酸要求量の決定、マダイおよびヒラメのリジン要求量の決定および全必須アミノ酸要求量の推定を行った。また、アミノ酸栄養価評価指標としての必須アミノ酸比の有用性を実験科学的に証明し、この指標は今もって世界で利用されている。
このほか、飼料への結晶アミノ酸の添加効果のメカニズム、飼料中至適アミノ酸バランスや飼料アミノ酸組成と魚体遊離アミノ酸組成の関係が明らかとなった。栄養生理学の分野では、トリプトファン欠乏症の発生メカニズムおよび血中アミノ酸動態における赤血球の役割が解明された。
2) 魚粉代替原料の利用に関する研究
養魚飼料の主原料である魚粉の供給量逼迫および価格高騰に対処するため、魚粉に代わる安価で栄養価の高い原料の利用性に関する研究を実施した。
まず、資源量の多い大豆油粕に注目し、不足する必須アミノ酸の補足やアルコール洗浄による抗栄養因子の除去等により栄養価が向上することをコイやニジマス等で明らかにした。また、食品産業副産物であるビール粕から精製した麦芽たん白がマダイやニジマス等各種養魚飼料において有望な原料であり、ニジマスやコイでは大豆油粕等の代替原料と適切な比率で併用配合することにより飼料中の魚粉をかなり削減できることや、飼料設計の基礎資料となるこれら原料のタンパク質とアミノ酸の消化率を明らかにした。
3) 仔稚魚の骨形成異常の発生メカニズム
種苗生産現場では、 形態の異常な稚魚 (奇形魚) が多数発生する場合があり、 健全種苗の安定生産にとって問題点となっている。そこで、
分子生物学的手法を用いて、 奇形魚の発生メカニズムを調べた。骨格形成に関与する形態形成調節因子の遺伝子の発現パターンを明らかにし、それに対する生理活性物質の影響について解析した。
その結果、ビタミンAの活性型誘導体であるレチノイン酸の過不足によって形態形成調節因子の発現異常が誘起されることがわかり、生産現物でみられる骨奇形魚発生のメカニズムの一端が解明された。
この成果は、親魚用・仔魚用配合飼料の開発や奇形魚発生防止に有用な基礎知見である。
2. 今後の研究の展開
1) 飼養技術の向上を図るための基礎的研究として、
魚介類の栄養要求や栄養素の代謝・生理機能の解明、発育初期における器官形成と機能発現並びに成長を制御する機構の解明、および仔稚魚期における消化吸収の内分泌制御機構と食欲の神経制御機構の解明に向けて研究を進める。
2) 今後の養殖には未利用資源の有効利用および環境保全が強く求められる。
そこで、 魚粉代替飼料原料を用いた高性能な飼料の開発、および環境に優しい飼料と給餌方法の開発を行う。 (下図)
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(栄養代謝部長)
沿岸・内湾水域は、 養殖漁場として重要な場であり、環境と調和した持続的養殖生産が求められています。 このため、
養殖研究所設置以来、 現在まで研究課題名は幾度か改変されてきたものの、基本的には“生物生産機構”;“好適生産環境”→“適正飼育環境”→“環境収容力”をキーワードとして、効率的な養殖漁場の創出と維持・改善策に寄与する試験研究が行われてきました。その中から、
ここでは次のような主要成果例を紹介します。
養殖漁場の海水交換特性を五カ所湾養殖漁場をモデル漁場として調査研究したところ、養殖場の水の流れは風とよく対応しており、
しかもその対応は密度構造によって異なることを明らかにしました。 また、養殖漁場における貧酸素水塊の挙動を予測するためや、 二枚貝
(例、
アコヤガイ) の適正養殖量を算定するためのモデル開発では、その実用化に向けて高い評価を得ています。アコヤガイの成長モデル作成に当たり、真珠研時代に英虞湾で実測された本種の成長や水温と代謝活性との関係についての基礎的知見が大いに役立ったことを付記します。更に、最近ではマクロベントスを用いた養殖漁場環境の監視・診断法の研究開発から、多毛類
3 種 (イトゴカイ、 コオニスピオ、 ヨツバネスピオ)は異なったレベルの有機汚濁環境の指標種として利用できることが明らかとなり、養殖漁場環境のモニタリング手法の簡易化に貢献することが期待されています。
他方、 このような野外調査を主対象にした研究の他、室内実験を主体に生物相互間の関係を解明する新しい分野の研究が昭和 60年代前半から展開されました。大型海藻と微細藻類との相互関係や植物プランクトン間における相互作用の解析により、例えば赤潮生物種 Hetrosigma akashiwo が生産する Cheatoceros curvisetus増殖抑制物質 (アレロパシー) の存在を明らかにしました。 また、バイオルネッサンス計画 「新需要創出」 において、餌料生物として有用な栄養素を含み、しかも病害の発生防止など環境改善機能を併せもつ微生物を探索した結果、ビブリオ病原菌の増殖を抑制すると共に、 餌料として甲殻類 (ガザミなど)種苗に摂取されその生残・成長を促進する細菌 (PM4株)の分離に成功しました。
近年過密養殖や過剰給餌の進行に伴い、 環境負荷が過大になると、自浄能力の範囲を越え、 漁場環境の悪化、ひいては漁場の生産性及び生産の安定性の低下を招きつつあります。持続的生産性の回復を目指した資源浪費・環境消耗型から環境保全型養殖業への転換は、国民のみならず生産現場に携わる漁業者自らの要求となっております。
折しも、 本年 5 月養殖業の発展と水産物の安定供給に資することを目的とする『持続的養殖生産確保法』 が公布、 施行されました。
本法には、
“持続的な養殖生産の確保を図るための基本方針”が策定されており、漁業者が目標とすべき全国共通の養殖環境 (水質・底質・ベントスなど)の基準が定められました。
この基準を単なる漁場環境指標の設定とせず、適正養殖収容量の算出方法をモデル化し (「行政対応特別研究」 で計画中)、各漁場における自浄能力の限界を見極めることが、養殖漁場環境の抜本的改善と生産効率の向上を推進する上で不可欠であると考えております。
(飼育環境技術部長)
昭和 54 年に病原生物研究室と病理研究室の2研究室でスタートした病理部は、56 年に薬理研究室、 62 年に免疫研究室が設置され、4研究室体制でその時々の社会的ニーズに対応してきた。
設立当初の最も大きな仕事は、 昭和 55 年から実施された「マリーンランチング計画」 への参画であった。 ここでは、資源の安定生産を図るため、 生産阻害の大きな要因になっている病害を防除し、健苗を育成するという支援技術を担当し、 サクラマス、 クロマグロ、イタヤガイ、 アカガイについて疾病の実態や感染発病機構の解明を行い、放流種苗の健苗評価ならびに病害防除のためのマニュアル化に努めた。現在の病理部の基盤は、 部をあげて参画した本プロジェクトを通じて、また阪口初代部長をはじめとする諸先輩のご努力によってこの時期に確立されたものと思っている。
その後の研究成果については枚挙にいとまがないが、代表的なものいくつかを以下に紹介する。 まず、 昭和 50年代後半に西日本各地でブリ幼魚に発生した腹水症の原因を解明した。これは我が国の海産養殖魚で最初に報告されたウイルス感染症であった。この研究を端緒にして海産魚介類のウイルス性疾病に関する研究が加速され、ご記憶の方も多いと思うが、 近年ではマダイのイリドウイルス病、クルマエビの急性ウイルス血症(PAV) の原因解明に至っている。それらの成果をもとに本年6月にイリドウイルス病に対する不活化ワクチンが世界に先駆けて市販され、PAV では防除技術の確立へとつながっている。ブリ脳内への粘液胞子虫寄生による側湾症、細菌感染による黄疸症等の原因解明も特記すべき成果であるが、これらに関しては列挙するに止める。
病理部は即現場に応用できる実用化研究が強く求められているが、一方ではそれを支える基礎研究においても数々の成果をあげてきた。なかでもヒラメ仔魚の変態とホルモンの作用を解明した一連の研究成果は、関連分野では極めて高い評価を得ている。 また、魚類免疫の基礎的な研究として、浸漬ワクチンの取り込み機構及び作用機序の解明、その成果をもとに開発した低濃度長時間浸漬法や多短針を用いた稚魚への注射用ワクチン投与法等は、今後急増すると思われる魚類ワクチンの実用化に大きく貢献するものと考えている。
以上のような産業対応研究、 技術開発研究、基礎研究等の成果を踏まえて実施した特別研究の「細菌性魚病迅速診断技術の開発」 (平成2〜4年)、「養殖魚ウイルス疾病のワクチン利用による予防・防除技術の開発」(平成5〜7年) では大きな成果をあげ、現在は産業的に大きな問題となっているヒラメ、 アユ、アコヤガイなどの疾病を対象とした「魚介類の新興及び再興感染症の病害防除技術の開発」 (平成 11〜13 年)に取り組んでいる。
平成 10 年の新基本計画の策定と組織改正によって、増大する感染症に関する研究を重点化し、病害の予防・防除技術の開発を推進するため、 組織病理、 病原生物、 ウイルス、免疫の4研究室体制に改組された。 今後より一層海区水産研究所、県水産試験場等との連携を密にして、魚介類の重要な疾病に対して病害の予防・防除技術の開発を推進して行きたいと考えている。関係者皆様のこれまで以上のご支援をお願いしたい。
(病理部長)
日光支所は、 現在地に明治 23 (1890)年に設置された宮内省ふ化場を発端とし、 明治・大正・昭和時代の養魚場を経て、水産庁淡水区水産研究所 (1964 年発足) 及び養殖研究所 (1979 年発足)所属の研究機関として、 通算 110 年の歴史を有している。周年水温9℃前後の豊富な湧水 (3.6 万トン/日) を飼育水として、また隣接する多様な河川・湖沼を研究フィールドとして活用できる好条件は今も昔と同じである。
現在、 研究水面として保有する湯の湖 (357,000u)、 湯川を加えた総面積576,000uを庶務係 (行一職3名)、 2つの研究室 (研究職 4 名、 行二職 4名)、 支所長の総勢 12 名の職員で管理している。支所内にはサケ科魚類4属・12 種・18 系統が 90 余りの池で飼育され、ヒメマス、 ニジマス 4 系統、 イワナ、 カワマス、 レイクトラウト等は 10数年〜数 10 年の継代飼育が行われている。 また、飼育池の一部を周年一般公開し、 研究成果の公開と教育啓蒙に努めている。
当支所では、 サケ科魚類の増養殖生産向上に繋がる優良魚の育成、資源培養を進めるための基盤技術の開発及び育種素材を確保するための系統保存、さらには、 河川・湖沼等を利用したサケ科魚類の生理・生態特性、母川回帰機構及び酸性雨影響等の研究を行っている。これら研究から得られた最近の成果をいくつか紹介する。
プロジェクト研究 「生態秩序」 (通称、 バイオコスモス) では、ヒメマス幼魚の降河及び親魚の母川回帰は性ホルモンのテストステロンによって制御され、母川記銘も同ホルモンが関与していること、 母川回帰では母川到達までは視覚が、母川選択には嗅覚が重要であること等が解明された。 また、サケ科魚類の索餌回遊期における群れ行動、 他個体認知、 成長特性、同所的分布等について新たな知見が得られた。
遊漁対象として人気の高いホンマス (中禅寺湖産ビワマス) を用いて、放流種苗の天然河川環境への適応過程を行動・生理・生化学的に検討した結果、放流後の遊泳力や摂餌能の向上には成長ホルモンのような内分泌因子が関与していること、遊泳能力が天然魚と同等になるには放流後1か月以上かかること、この間の先住大型魚による食害が最大の減耗要因であること等が解明された。
ニジマスやヒメマス等を用いて、環境酸性化がサケ科魚類の繁殖機構に及ぼす影響を実験的に解析した結果、 PH5程度で卵・精子形成過程が被害を受け、 PH5.5-6.0 では河川溯上行動が、さらには PH6.0-6.4の極めて微弱な酸性化で産卵行動が抑制されることが明らかにされ、酸性雨による短期間で軽度の酸性化でもサケ科魚類の繁殖に重大な影響の及ぶことが示された。
今後は、 前述の恵まれた研究環境条件を最大限活用して、サケマス類等冷水性魚類の増養殖技術向上に向けた基礎的・先導的研究をさらに発展させたい。そのために、行動生理研究室の新設・飼育池の独立給排水化・宿泊施設整備等の研究体制の強化、ジーンバンク事業への参加、本所や他研究機関との共同研究の拡大等に努めていきたい。
(日光支所長)